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レビル将軍回顧録

葬儀はしめやかに進行していった。
サイド3各バンチの行政首長達,今までジオンを支援していた経済界の重鎮,各サイドの代表,
彼が発足した国防隊の高級士官の姿も見えた。
皆が偉大な彼の死を悼み,数十万kmの距離を集まって来ていたのだ。

そんな中にあって,地球連邦政府の著名な人物の顔は見あたらなかった。
サイド3駐在武官である私の上司,外交大使ですら,今日の葬儀への参列を躊躇したのだ。
そんな訳で,この私が大佐の分際で連邦政府の名代として弔辞を述べねばならなかった。
「…今,一つの時代が大きな音を立てて変わろうとしている…」
大使館の官僚が書いた空々しく味気ない文言の中で,この一文だけに共感が持てた。
私自身が著した彼への実直な賛辞は「反連邦的な思想を助長するもの」として発表の機会を
失っていたのだ。

20代半ばと見える精悍な顔つきの青年が弔辞を読み上げるのが特に目に止まった。
直接その青年の顔を見るのは初めてであったが,何者かはすぐに理解できた。
ジオン・ダイクンへの熱烈な協賛者である彼の父は,ジオンの死に激しい衝撃を受けたらしく
挨拶する者にうろんな返事を返していたが,息子のギレンは「ジオンの死により建国の志が絶
えるのを憂慮する」発言を繰り返し,「彼の死を無駄にはしない」との意志をみせつけていた。

特務のジャミトフ少佐あたりが,ジオンの身辺に暗躍していたらしい事に気づいていたので,
「ジオン病死」の発表には少々後ろめたい物を感じていたが,はたして事が「特務」の望んだ
方向に流れるとは私には到底,考えられなかった。

私は「遺族に挨拶をした時,彼の遺児,幼い妹を後ろにかばうように立ちつくす少年の眼に,
遙か彼方を見透かすような鋭い何かを感じた気がした。」と,当時の日記に記している。
もっとも,私自身はその事をほとんど記憶してはいない。
やはりギレンの印象が強すぎたからであろう。
近い将来,サイド3が連邦に対し,武装独立紛争を企てる時,その要となるのは彼以外にない。
ジオンの遺児ごときは,まだ彼の傀儡の役にすらたつまい。
こういった私の思いこみは,あながち誤りでも無かったのであるが,一年戦争当初において
「ギレンを意識しすぎる余り,彼の弟のドズルを軽んずる傾向となり,ルウムの大敗を喫する
遠因となった。」と,言われても反論のしようが無いのも事実である。
事実,私は「ギレンと戦うべく」意識しすぎて,彼と戦う前に彼の弟に破れたのだ。

黒い三連星に捕らわれ,サイド3ズム市の「ジオン・ダイクン廟」の前を通り過ぎた時に,
随行の者に語ったといわれるもの。史家の間では,信憑性は低い話とされている。


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