WJ感想「第276話 “SHANDIA RHYTHM”」




おさらいです。

1100年以上前 シャンドラ(黄金都市文明)繁栄
“敵意”から守るため、ポーネグリフがシャンドラに運び込まれる
800年前 “敵意”と戦い、シャンドラ滅亡
文明滅亡後 シャンディアの子孫が慰霊碑を建立
400年前 ノーランドがジャヤに黄金都市遺跡を発見
アッパーヤード
誕生時
ジャヤの半分が空へ飛び、空にアッパーヤードが出現
(シャンディアの子孫はアッパーヤードと共に空に来た)
アッパーヤード
誕生後
アッパーヤードからシャンディアが追い出され、空の者による統治開始

【今週のワイパーのセリフ】
…800年前、この都市の存亡を賭けて戦った…誇り高いシャンドラの戦士達…!!
その末裔がおれ達だ…
…ある日突然故郷を奪われた…“大戦士カルガラ”の無念を継いで400年…!!
先祖代々…ただこの場所を目指した…!!
…やっと辿り着いたんだ

800年前、ポーネグリフを賭けた敵意との戦いにはシャンドラは勝っていますので
故郷を奪われた、とは即ちシャンドラが空に浮上し、空の民にアッパーヤードを占拠された事になります。
ということは、カルガラは400年前に生きていたことになります。
カルガラの像には羽根があります。不思議です。不思議の一言で片付けていいんです。これでいいのだ!

…カルガラの羽根については考えても無駄な事を痛感するだけの今週のジャンワイ(ジャンプのワイパーの略)。
いくら雲に生物の成育を促す成分が含まれていたとしても!
いくら夜弥の100%が『やさしさ』で出来ていたとしても!
時々思い出します。色占いの結果。
そうです。やはりたったの400年で青海人からニョキニョキと羽根が生えるのは不自然に思っていました。
ところで、この背景色見にくいですか?あ、やっぱり?いやー、私も見にくいと思いつつのテキスト入力
だったのですよ。
これは燃えさかる灼熱地獄をイメージした背景色なのです。

見にくいので、白いテーブルを作りました。誰のためでもなく。
カルガラの羽根について空島人と青海人との混血説を提案する人がいました。
しかし、その説は今週、消えました。
そもそも、あの羽根は装着しているのでないのか、と言われれば、それも否定できません。

今、この混沌としたカルガラウィング(命名しました)の中で新しい説を提唱する事が出来ます。
もしかしたら、カルガラは空島人だったのではないか!

・・・・根本的な間違いを否定できません。
やはり、カルガラウィングについて考えるのはまだまだオアズケですね。

ところで、ワイパーって子供の頃からおでこが広くて
それをごまかすために、布を頭に巻いていたのではないでしょうか。

ダラダラ語ってすいません。いつも以上に読み手不在の自己満足の限界にトライです。
誰のためでもなく。

私の感想を書くコンセプトは、ポイントを絞って、その点について深く掘り下げる、というスタンスなのですが、何故だか今週は感じたことを全て書きたくてしょうがありません。その結果、メリハリのないダラダラとした感想に仕上がる予感です。
でも、ダラダラ感想書くのって、気持ちいいよね!気持ちいいこと、やっちゃうよね!

“SHANDIA RHYTHM”
今週のサブタイトルに、まず、やられました。
私は音楽の事をよく知らないので、これまでのサブタイトルを見ても五重奏で5人、くらいの理解しか出来ていません。あとは全体的にオーケストラっぽいなー、などと、非常に大ざっぱに受け止めていたのですが今週の“SHANDIA RHYTHM”を見た時に、ドスンという重低音の感動が私の中で広がりました。
リズムって!
リズムって!
尾田先生が『何を意図して』とか『何を伝えたくて』とかは推測の域を出ることはないのですが、『伝わってるよ!』って気持ちになりました。これが単なる思い込み&勘違いだったとしても、私がそれで幸せになれたので、ここで一緒に鳩を飛ばしましょう。パタパタパタパタ…
これまでの「曲」のついたタイトルを並べてみます。面倒くさいですが。誰のためでもなく。
序曲、夜明け曲、行進曲、組曲、協奏曲、小夜曲、戯曲、五重奏、聖譚曲、神曲…

そして、SHANDIA RHYTHM!!!!ドコドコドーン!!!!

少しずつ盛り上がってクライマックスに近付いてきて、その盛り上がりを一気にぶち壊すような意外性。これまでのメロディアスな、音の重なりや構成を想像させる物に比べて、リズムだけの原始的で粗野な音の連なりは、より本能的で飾りの無い、魂の現れのように感じました。まるで、心臓の鼓動のような。
…それが、シャンディア。何の技巧もなく、ひたすらに打ちのめすだけのストレートさが、そのままワイパーの生き様にも見えました。
今週の、このタイミングでシャンディアリズムなのか!!

“勝者不在の・・・”
向かって行っちゃったね。正面から行っちゃったね。ゾロ。
だって、ゾロには「逃げる」という選択肢が無いのだもーん。
後先の事とか考えて無いんだもーん。
しかも、多分、勝つつもりでした・・・・。ゾロ。
まぁ、エネルの攻撃なんて、自然災害みたいな物なのですが
果たして、この勝負。ゾロは敗けたのでしょうか…。


弱いワイパーを嘲笑するような不気味な表情のエネルに“寂しさ”を垣間見てしまったのは私だけでしょうか。
「ホラみろ…」
これまでエネルは自分の圧倒的な力をふりかざし、目的の物を手に入れてきたのでしょう。自分の思い通りにならない物は排除して来たのでしょう。しかし、決して“全て”を手に入れた訳では無かったのだと思うのです。何故なら、エネルは
『恐怖に支配されぬ心』を手に入れることは出来ないのです。今週、ワイパーとゾロはエネルの物にはなりませんでした。エネルの欲した“サバイバルに生き残る強い戦士”を手に入れる事は出来ませんでした。
エネルは、ワイパーもゾロも、いとも簡単に倒すことが出来ましたが、これがエネルの勝利だとは思えないのです。
過去に経験の無い挫折や敗北感を味わう事が、自分よりも強い者に出会う事が、もしかしたらエネルにとっての幸せになるのではないか、とすら思いました。

ルフィ君、ルフィ君。

エネル君を幸せにしてあげて下さい。

“可能性を繋げるための最悪の決断”
今、一番ツライのはナミだ!!(涙目で!)
『恐怖に支配されぬ心』はナミにだってあります。「みんな、私と一緒に死んで!」って言った人ですよ。このみかんのお姉さん。時々、目がベリーになるお姉さん。
ただ、冷静さもありました。
小賢しい手で裏をかくことが出来ないのもわかっています。あのロビンが失敗したのですから。今、ナミに出来る事は、生きて可能性を繋げる事。新しい局面を迎えるために時間をかせぐこと。次のランナーにバトンを渡すこと。
そのために・・・・。

私はこのナミを見て、ある隠れキリシタンの話を思い出しました。昔見た時代劇か何かだと思うのですが、キリスト教が禁止されていた時代に、キリシタンが処刑される運命にあって、キリシタンを見つけだすために『踏み絵』が行われました。強い信仰心を持つキリシタンは敬愛するキリストの絵を足で踏むことが出来ずに処刑されるのですが、一方で『生きて、キリスト教の信仰を繋げなければ』という使命から踏み絵を踏むキリシタンがいたらしいのです。そのドラマによると。神と崇める存在を足で踏みつける行為は、死よりもつらい選択である、というような演出で、涙々のクライマックスシーンなのです。そうやって『裏切り』とも言える卑劣な方法で生き延びて、しかし、キリスト教の信仰を絶やさなかった偉大な選択だった、というドラマでした。

今、ナミは、傷ついた仲間を踏みにじる選択を余儀なくされています。

最後の1人となったナミは天候を知る事が出来ます。ゾロに言わせると「何だコイツ、すげぇ力だ。」の一言感想で終わるところをナミに言わせれば「空気が音速で膨張して…なんたらかんたら」と専門的に解説して下さいます。敵を倒すためには、まず敵を知らなければなりません。ナミの果たすべき役割は大きいと思います!!

頑張れ!コニス!

・・・・今頃になってエネゾロについて一言も語ってない事に気が付きました。


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