昭和40年代以降、八幡の中心地であり続けた「三本橋交差点」から東向き

かつては3階建てを誇った八幡開発のビルも取り壊され、新ビルでさえ町並に埋没

八幡小学校前バス停(川口、草内方面)の前にはランナーがありましたが今はなく

このコマは、撮影場所付近で育った、HN「今は埼玉県民」さんへのプレゼントです



 
前のページ   次のページ

八幡長尾線と八幡木津線が分かれる交差点

写真右側の南東角、文句なしの一等地ですが、何をやってもスグ潰れると評判の土地でした

今は繁盛しているようなので、八幡も変貌したのでしょう

この角から南東へ、東は大谷川、南は現・市役所付近までの園内・高畑が、「小林住宅」の分譲

大谷川を越えた双栗が、「高杉建設」の分譲

さらに東へ、5区に入った小西が、「カンダ」分譲の「グリーンタウン」

当時は住所を指すのに、タカスギ、コバヤシ、ビューハイ、グリンタウン、クサノダンチ、などと

地名ではなくデベロッパー名で呼んでいました

いかに島のように浮いた存在だったかを物語ります



左側の関西銀行(旧関西相互銀行)の進出は比較的新しいです

駅前に京都銀行、次いで三本橋に旧・伏見信用金庫あたりが古く、その次の進出だったか

この土地は、長らく土砂置き場の空き地で、砂山が格好の遊び場でした


旧・八幡市場(現在のパチンコ屋の辺り)の隣も空き地で(現・サティ)

工場跡?、エントツがポツンと残っていました(子供達は「火葬場」だと思っていた)

遠足等で観光バスが来るときは、ここから乗ったもんです

夏休みには、夜、スクリーンを立てて、「マンガ大会」などの上映もありましたが、蚊が酷くて

もちろん、アメリカンヨーヨーやバンバンボールの世界チャンピオンも来演していました